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趣味的音楽生活
リスナー歴20余年の音楽好きが、ひょっとすると住めば都かもしれない地方都市ここ岡山から、ジャンルを問わずその時々で気に入った作品を紹介いたします。アメリカンロックやSSW、ジャズから民謡、落語まで。気分次第で何でもアリ。
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CDはどこへ行く
ちょっと古い話題になるけれども、『ミュージック・マガジン』誌今月号の特集、「CDはどこへ行く」は興味深い内容でした。
同誌によると、iPodに代表される携帯音楽プレイヤーや着うたフルなどのデータ配信の興隆をよそに、CDそのものの売上は98年をピークに減少の一途を辿っているらしく、一部ではフォーマットとしての存続すら危ぶまれているという。
僕のように、アートワークも含めたパッケージとしてのLPやCDという形態に長年馴染んできた者にとっては俄かには信じがたい話だし、仮にそう遠くない将来、本当にダウンロードという形でしか音楽を享受できなくなるとしたら、おそろしく興醒めなことだと思う。

一方で、実は海外ではこのところ、昔から良心的な音楽を発表し続けてきたベテラン・アーティストによる新作ラッシュが続いているのだが、数年前なら(たとえインディーズに近い形であっても)当然国内盤が発売されてしかるべき作品であっても、なぜか日本での発売は見送られるという例が散見される。
これもCDの売上げ不振の影響の一つの表れなのだとしたら、ずいぶん残念な話だ。

CDが売れないと一口に言っても、そこには様々な理由があるのだろう。
ただ、話を過去のカタログの再発に絞って言うなら、僕なんかでも思い当たることが無いわけでもない。
今回、たまたまその典型的な例を見つけたので挙げておこう。

鈴木茂ヒストリーbox
鈴木茂ヒストリーbox


はっぴいえんど解散後、鈴木茂がクラウン・レコードに残した5枚のオリジナル・アルバムを新たにリマスタリング。「貴重な」ライブ音源と「レアな」未発表音源をあつめたボーナス・ディスクを含む全6枚をボックス仕様、限定生産で発売するというもの。ちなみに税込み9千円だそうです。

ま、それはそれでいいのだが、問題はこの中に含まれている75年のファースト・ソロ・アルバム『BAND WAGON』の扱いだ。
アナログ盤はさておくとして、CD時代が到来してからというもの、一体このアルバム、今までに何度、体裁を変えて再発売され続けてきただろう。

名作であることは十分に承知している。日本のロックを代表する名盤として、発表当時も今も世代を越えて多くの支持を集め続けていることもわかる。その当時としては画期的なLA録音、しかも絶頂期のリトル・フィートのメンバーまで参加している力作であることも知っています。
しかしいくら内容が優れていても、同じ作品をあの手この手で売りつけようとするレコード会社の営業方針の前にあっては、そんな誉れもどこへやら。露骨な商売のための一商品、熱心なファンの財布の中身を当て込んだ消費の対象になり果ててしまっている。

さらにおかしいのは、最近は体裁を変えて再発売される度に、鈴木茂本人がマスタリングを監修したり、リミックスしてみたり、新音源を提供したり・・・。まるで自分から進んで一連の再発売に協力しているかのような力の入れようなのだ。
アーティスト本人がファンが飛びつきそうなエサをばら撒いている。しかも小出しに。
これは一体どういうことなのか。

実際に売れるんだからしょうがないじゃないかと言われれば返す言葉も無いが、その一方で、どんどん心が離れていってしまっているというファンも少なくないだろう。
それとも、まさか鈴木茂ほどのミュージシャンが、過去にしがみついて行かねば生きていけないとでも言うのだろうか。

過去のカタログを尊重し、できるだけ良い状態で聴いてもらいたいという姿勢は理解できる。
しかし、わずか数年の間でコロコロと音質やら販売形態やらが二転三転するのは明らかに計画性を欠いているし、いちいちそれに振り回されるファンにとっては迷惑千万な話だ。或いは、もし万が一、周到な計画のもとにこういう経緯を辿っているのだとしたら、極めてタチが悪いと言わざるを得ない。


この作品に限らず、リイシューCDに関してはこの十数年来、大なり小なり各レコード会社ともに同じような商売を行ってきた。

最初はとりあえずストレート・リイシュー(あの名作が奇跡のCD化!)。

→数年後にボーナス・トラックを加えて再発売(未発表音源を追加して装いも新たに登場!)。

→さらに数年後に、レコード会社独自のマスタリング技術で音質が向上(○○コーディング採用!)。

→大物アーティストであればボックス・セットが発売。未発表音源やグッズが追加される(あの名作の数々を一挙にコンパイル!豪華特典つき限定版!)。

→これで終わりかと思いきや、さらに数年後に今度は紙ジャケット化。しかし、どういうわけか「オリジナルに忠実な形を尊重しました」などという謳い文句でボーナス・トラックは外される(待望の初の紙ジャケット化!)。

→数年後にやっぱりボーナス・トラックを加えて再発売(なぜか、前回とボーナス・トラックの内容が微妙に違っていたりする)。

→突如、限定発売だったはずの数年前のボックス・セットが再登場したり(ファンの熱い声に応えてここに復活!)。

→24ビット・デジタル・リマスタリングで新装発売(もうそろそろ書くのがイヤになってきた)。

→SACDでも出してみたり(当然、ボーナス・トラックは無い)。

→最近じゃSHMCDですか?

→ここまできて振り出しに戻り、最初のフォーマットで廉価盤が登場(これまでの歩みは一体何?)。

→以下、この調子でリスナーが愛想をつかすまで延々と続く・・・。


ことにジャズの世界ではこういう傾向が激しい。激しすぎて、もうどの作品をどのタイミングで買えば一番いいのか、買い手にもわけがわからなくなってしまっている。
僕なんかはジャズに関しては、よほどの例外を除いてはとうの昔に日本盤を買うことを手控えている。そのほうが、レコード会社の思惑にあれこれ惑わされ、何度も同じタイトルの買い替えを迫られるよりは、精神衛生上もずっといい。
買い替えを当て込んでいるのなら、せめてメーカーは旧商品の下取りに応じたらどうか。コンピュータ・ソフトの世界では、無償アップグレードや、バージョン・アップに伴なう廉価なダウンロード販売は今や当たり前だろう。

このスパイラルから抜け出すのは、実は簡単である。
そのアーティストの熱心なファンを自認することをやめてしまえばいいのだ。
いくら思い入れのあるアーティストでも、所詮は他人。自分の実人生とは、全く関わりの無い人にすぎない。
そこを勘違いして、妙に義理立てしようとしてみたり、フェティシズムにとり憑かれてしまうと無理が生じる。
まあ、これだけ露骨な商魂を見せつけられては、自然に熱も冷めるのが正常な感覚というものでしょう。
実際、今回取り上げた鈴木茂にしても、長年に渡るかなり熱心だったはずのファンの一人を、この通りなくしてしまっている。
今までお世話になりました。なんか悲しいなあ・・・。

CDの売上げ減少の原因は他にもいろいろあるだろうが、このようなレコード会社のあからさまな商売のやり方もその一つであることには違いないだろうと思う。
いずれにしても、そうした諸々のとばっちりを食うのは我々リスナー自身でもあるわけだし、それに対抗するほとんど唯一の手段は、必要の無いものは断固として買わないという至極あたりまえの姿勢だろうと思う。
おまけ目当てに駄菓子に群がるような幼児性からは、そろそろ抜け出したほうがいい。

思えば、CCCD騒動の時もそうだった。日本のレコード会社は、ビートルズのアルバムでさえコピーコントロールCDという似非CD仕様での発売を断行したのだった。おかげで『LET IT BE...NAKED』は、僕が持っている彼らのCDの中で唯一、そして初めての輸入盤ということになった。そりゃ国内盤の売上げも落ちるだろう。

別に不買運動を煽っているわけじゃないけども、リスナー自身も、もう一度消費者としての原点に立ち返る必要があるんじゃないでしょうか?
そしてそのことが、本当の意味での良心的な商品の発売につながり、長い目で見れば売上げの低下に歯止めをかけることにも結びついていくのではないでしょうか?
もちろん、お金が有り余って困っているという、うらやましい境遇にあるヒトなら話は別ですが。

CD一枚買うのも、ずいぶん面倒なことになったものです。
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Various Artists/NEW MUSIC FROM AN OLD FRIEND
3月10日は東京大空襲があった日である。

日本テレビが2夜連続でドラマを放映するというので途中から見始めたが、やはり空襲の惨禍を再現したシーンは見ていていたたまれない気持ちになり、アメリカに対する怒りを新たにした。
自分の子どもが生まれてからというもの、戦争を否定する気持ちは一層切実なものになり、戦敗国に生まれたことの意味をあらためて重く受け止めるようになった。親の気持ちとはそういうものなのだろうか?

そしてアメリカに怒りの焔を燃やしつつ、今日もまた彼の地から届けられた音楽に耳を傾ける。

Various Artists/NEW MUSIC FROM AN OLD FRIEND
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昨年アメリカの大手スーパーマーケット・チェーン、Targetを通じて発売されたコンピレーション・アルバム。米国を象徴するベテラン・ソングライターを集め、過去の代表曲のセルフ・カバーと新曲を併録するという企画で、収められた曲とアーティストは以下の通り。

1. "Alfie" - Burt Bacharach, Peabo Bryson
2. "God Only Knows" - Brian Wilson
3. "Your Goodbye" - Richard Marx
4. "A Love Song" - Kenny Loggins
5. "Say Goodbye Today" - Carole King
6. "What Love Can Do" - Brian Wilson
7. "Sunday Morning Coming Down" - Kris Kristofferson
8. "I Still Remember" - Burt Bacharach, John Pagano
9. "Rainbow Connection" - Paul Williams, Willie Nelson
10. "Hold On To The Nights" - Richard Marx
11. "Home Again" - Carole King, Suzan Agbor
12. "The Wonder" - Kris Kristofferson
13. "I'll Remember Your Name" - Kenny Loggins
14. "New Music From An Old Friend" - Paul Williams, Jane Monheit
15. "Save It For A Rainy Day" - Stephen Bishop with Eric Clapton & Oscar Castro-Neves

今年になって国内盤も発売されたが、契約の関係からか、目玉アーティストの一人であるキャロル・キングの2曲がごっそり抜け落ちているのが不可解。ここは多少苦労してでも何とかアメリカ盤を手に入れたいところ。

この手の企画ものは、とかく表情に乏しい平均点的な内容になりがちだが、本作に関してはさすがに一流どころが揃っているだけに、その辺りの心配は無用。名匠、フィル・ラモーンのプロデュースの下、見事なトータリティを備えた作品集に仕上がっている。
特にバート・バカラック、ブライアン・ウィルソン、キャロル・キングの3人の仕事は、いずれも負けず劣らずの充実ぶり。
中でもバカラックとブライアン・ウィルソンの共作による⑥は、その仕上がりの素晴らしさから言っても、歴史的意義から見ても、本作の白眉と言える内容。ブライアンの声は最近少し丸みが出てきて、カムバック直後より随分やわらかくなったような印象を受ける。

その他のアーティストによる楽曲も、オムニバス・アルバムにありがちなお手軽な感じは全く感じられず、現在の持てる力を最大限に発揮しようという意気込みが伝わる力作が揃っている。
昨年末に行われた恒例の年間アルバム・ベストテン企画でも、本作を上位に挙げていた評論家がいたが、それも納得できる内容だと思う。

ラストを飾るスティーブン・ビショップの曲では、爽やかなボサノバのアレンジに乗せて、どういう縁かスペシャル・ゲストのエリック・クラプトンが気持ち良さそうにアコースティック・ギターを披露している。クラプトンのファンにとっても見逃せない趣向と言えるだろう。

ほかにもキャロル・キングとポール・ウィリアムスの初共作や、昔とちっとも変わらないクリス・クリストファースン節など、随所に聴き所が満載。
決して敷居の高い音楽ではないが、その気になりさえすればコアな音楽ファンほど楽しめるマニアライクな演出もしっかり用意されている。

基本的には海外輸出が禁止されている商品らしいが、何故かタワーレコードではオーダーが成立した。アメリカ盤に興味のある方はお早めにどうぞ。


テーマ:洋楽 - ジャンル:音楽

ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実
年末年始に読んだ本。
ジェフリー・ディーヴァー『クリスマス・プレゼント』(文春文庫)、中条省平『クリント・イーストウッド~アメリカ映画史を再生する男』(ちくま文庫)、『小沢昭一座談⑤ 芸渡世浮き沈み アハハ』(晶文社)、ジェフ・エメリック&ハワード・マッセイ『ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実』(白夜書房)。
こうして振り返ってみると、見事にエンターテインメントに偏った本ばかり。やっぱり酒を飲みながら純文学は読めません。

とりわけ質、ボリュームともに圧倒的だったのはジェフ・エメリックの本。
奥付を見ると日本語版の発行は2006年の暮れになっているが、今回、一年遅れでようやく腰を落ち着けて読むことができた。

ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実
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著者が中~後期のビートルズの音づくりにエンジニアとして直接関わった人物であるだけに、当時のレコーディングの裏話やサウンド・メイキングに関する証言が豊富かつ具体的に語られる。
やはり白眉と言えるのは、スタジオで様々な実験に明け暮れた『リボルバー』から『マジカル・ミステリー・ツアー』あたりまでに渡るバンドの歩みを振り返ったくだりだろう。マイクのセッティングやアンプの使いこなし、真空管リミッターの効果、音響特性に応じたスタジオの使い分け、テープ操作によるピッチ・コントロールやループ効果・・・などなど、手作り感覚あふれるレコーディングの試行錯誤の模様が生々しく述べられている。まさに魔法の種明かしといった趣きで、突飛なアイデアに真剣に取り組むメンバーやスタッフの姿が髣髴し、読んでいて感動をおぼえる。

スタジオ内でのメンバーのやりとりや、ジョージ・マーティンのプロデュースぶりも冷静な視点から臨場感たっぷりに語られ、あたかも自分がその場に立ち会っているかのような錯覚に襲われることもしばしば。
ただ、その克明すぎる描写のせいで、かえって眉唾っぽく感じられる部分があることも確かで、その辺りが賛否両論の種になっているのかもしれない。
総体的に見て著者はポール寄りの立場から描写を行っており、ポールは外交的で何事にも前向きな性格、ジョンはエキセントリックでやたらに怒りっぽく、ジョージとリンゴはとっつきにくく陰気なキャラクターとして描かれている。この点に関しても当然、反対の声があるだろう。

書物の後半、ビートルズのメンバーがインドから帰国後に取り掛かったレコーディング・セッション(後に『ホワイト・アルバム』として世に出る)の記述になると、メンバー同士のエゴのぶつかり合いや、ますます奇矯さを増すジョンの言動、ヨーコの登場などによって、バンドが混乱状態に陥ってゆく様子が語られる。そこに著者自身の、EMI社内人事のごたごたに巻き込まれた苛立ちや、一日中険悪な雰囲気のバンドに付き合わなければならない苦悩などが加わり、描写のトーンもどことなく恨みっぽく辛辣になってくる。
八方塞がりの悪夢のようなレコーディングのエピソードが次々と披露されるが、実は僕が一番面白く読んだのがこの章だった。当時の著者の心情がストレートに吐露されていることに加え、ビートルズのメンバーの描写もひときわ人間臭く、目の前に鮮やかに立ち上がってくるかのように生き生きとしている。前半のサイケデリック期の回想と並び、本書のもうひとつのハイライトと呼ぶにふさわしい箇所だと思った。

今年の正月は、久しぶりにオリジナルアルバムや「アンソロジー・シリーズ」を聴きつつ、本書を舌舐めずりしながら堪能。
ビートルズにどっぷり浸かった年明けでした。



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