広島市は「オバマジョリティ音頭」なるキャンペーンソングまで作って普及を図っているという。本気だろうか?
とは言うものの、音楽には罪はない。
この半年ほどの間に聴いた中から、特に印象に残っているものをいくつか挙げておこう。
Rob Galbraith/Too Long At The Fair

長い間ずっと探し求めていたロブ・ガルブレイスの3rdアルバムが、日本で公式に発売されたのは嬉しかった。1枚目は南部の香りもする荒削りなフォーク・ロック、2枚目はファンキーなブルーアイドソウルという極端な転身を遂げていた人だけに、一体どんなことになっているのか興味津々だったが、聴いてみると前作の路線をほぼストレートに踏襲したような内容だった。
セルフ・カバーが多く、新曲が少ないのが残念と言えば残念。全体にアコースティックなジャズ寄りのアレンジの曲が多く、ベン・シドランやスティーリー・ダンを想起する瞬間も。本格的なカムバックを期待したい。
Bill Labounty/Back To Your Star

そのロブ・ガルブレイスのアルバムでもカバーされていた名曲“Livin' It Up”の作者が、ビル・ラバウンティ。こちらも18年ぶりの新作を発表した。どういうつながりなのかラリー・カールトンが全面的にバックアップしているのが意外。演奏は素晴らしく洗練されているが、曲の冴えが今ひとつ。声に衰えが感じられるのも寂しい。でも毎日聴いてます。
最高傑作の1stは一体いつになったらCD化されるんだろう?
落語研究会 八代目桂文楽全集

八代目桂文楽の映像をまとめたDVD全集は、落語ファン待望の作品。この人はやはり動画で見てこそ本当の凄さが理解できる。「よかちょろ」が含まれていないとか、「船徳」がライブ収録じゃないとかの不満もあるけれど、画期的な企画であることは間違いない。小学館のCD版全集では割愛されていた「按摩の炬燵」が収められているのは快挙だろう。
このシリーズ、高価なわりによく売れているようだ。猫も杓子も落語好きを標榜する当節の風潮には辟易するが、ブームも長期化すると思いがけない副産物に出会うこともあるからまんざら馬鹿にしたものでもない。
次はいよいよ圓生の全集である。
Los Indios Tabajaras/Marea Elena

ブラジル人兄弟によるギター・デュオ、ロス・インディオス・タバハラスのデビュー・アルバムは、ひょっとすると今年に入って最も頻繁に聴いた一枚かもしれない。甘く秘めやかなギターの調べに、昭和のまぼろしが浮かび上がる。「スターダスト」には、ただ涙、涙。
Jon Hassell/Last Night Moon Came Dropping Its Clothes Street

ひさびさに古巣のECMから発表されたジョン・ハッセルの新作は、ジャズやアンビエントといったジャンルの壁を超越した怪作。装いこそモダンだが、独特の呪術的世界は初期から一貫している。
聴いていると、子どもが怖がって部屋に寄りつかない。サラウンドで聴くと納涼効果も抜群。
Steve Ferguson/Same

黒人シンガー・ソングライター、スティーブ・ファーガスンのデビュー作は、初期アサイラムの隠れた佳作。唄は下手でも曲のクオリティーは高く、今でも十分な鮮度を保っている。オリジナルを忠実に再現した紙ジャケットも秀逸。
Marlin Greene/Tiptoe Past The Dragon

マーリン・グリーン唯一の単独名義のアルバムがCD化されたのも忘れられない。全盛期のマッスル・ショールズ産サザン・ソウル・シーンを影で支えた人物だが、72年に発表したソロ・アルバムは、意外にも繊細なシンガー・ソングライター風の傑作。
何を隠そう、僕はこの人のシングル盤コレクターだったりする。このアルバムも、毎日繰り返し聴いていた時期があるだけに、思い入れもひとしお。いちいちアナログ盤を引っ張り出さなくても気軽に聴けるようになったのは嬉しい。ライナー・ノーツに、本人の最新インタビューが掲載されているのも貴重だ。
しかし、よりにもよって仕事の杜撰さでは定評のあるCollector's Choiceから発売されたのは大変な不幸だった。作曲者や演奏者のクレジットなどは一切なし。素人が適当にスキャナーで取り込んだだけのような不鮮明なジャケット写真など、噴飯ものである。いずれ、あらためて決定版が出ることを期待したい。奥さんのジーニー・グリーンのアルバムもCD化された。
Gustav Leonhardt/J.S. Bach; Die Meisterwerke für Klavier und Orgel

クラシックでは、レオンハルトのバッハ鍵盤作品集成(20枚組み)が質・量ともに圧倒的だった。有田正広など、今、バロックがマイ・ブームです。
武田和命/ジェントル・ノヴェンバー

そして武田和命、魂の名作「ジェントル・ノヴェンバー」。
山下洋輔トリオ結成40周年のドサクサに紛れて再CD化が実現した一枚だが、最近は夜ともなれば専らこればかり聴いている。山下洋輔関連では、怒涛のボックス・セット『ピアニストを聴け!』の再発を願いたい。
あ、そうそう、クリント・イーストウッドの話題作『グラン・トリノ』の主題歌も素晴らしかった。
Gran Torino (feat. Clint Eastwood As Walt Kowalski)/Jamie Cullum & Clint Eastwood

映画館で聴いてあまりに良かったので、ついに自らに課した禁を犯してダウンロードによる楽曲販売に手を出してしまった。くやしい。
しかし、こうしてみると眉毛がすごいね、イーストウッドも。これじゃ村山富市だ。

不況の影響で世界中の音楽シーンが停滞する中、地味ながら良質な作品を世に送り出し続けているのがECMレコード。もっとも、マンフレッド・アイヒャーが仙人みたいな人だから、浮き世離れも当然か。
昨年発表された本作も、入手以来繰り返し聴いている一枚。
ケティル・ビョルンスタのアルバムは何枚か所有しているが、いずれもイメージの喚起力に満ちたものばかりで、まるでヨーロッパ映画のサウンドトラックのよう。ことにチェロのデヴィッド・ダーリングと組んだ一連の作品は、ぎりぎりまで音を削ぎ落し、音符の一つひとつを磨き上げた、水墨画のような世界。ピアノの音色にも婉然たる響きがあった。
本作もそうした作風の延長上にあるものだが、チェロがヴィオラ(ラース・アンダース・トムター)に変わり、女性ヴォーカルをフィーチャーしているのが新しい。
前半を占めるのは「北欧の歌 四篇」(国内盤表記による)と題された組曲風の作品。30年にわたって書き溜めた曲がまとめられているが、時間の隔たりを微塵も感じさせない統一感にまず驚く。ランディ・ステーネのメゾ・ソプラノはクラシックの発声によるものだが、ノルウェー語の響きが心地よく、包み込まれるような母性のあたたかさにあふれている。ひたすら主旋律のヴァリエーションを繰り返すピアノとヴィオラは、あくまで歌伴に徹し、ヴォーカルを際立たせる目的にのみ専念しているような印象を受ける。4曲いずれも、たおやかでスケールの大きいメロディが美しい。
後半は英国の詩人ジョン・ダンの詩に曲をつけたもので、連作歌曲の体裁をとっている。こちらも穏やかなメロディが印象的なものばかりで、陰影に富んだ複雑な響きに陶然とさせられる。
若手の躍進著しい昨今のECMだが、どっこいベテランも負けていない。ジャズもクラシックもない、前人未到の枯淡の境地に突入したケティル・ビョルンスタに脱帽です。
がしかし、この間何も聴いていなかったわけでは、もちろん無い。むしろ、かつてないほど充実したリスニング・ライフを体験し、豊潤な音世界にすっかり心奪われていたという方が正しい。
Glenn Gould /The Complete Original Jacket Collection

それほど鮮烈だったのが、ここに挙げるグレン・グールドのオリジナル紙ジャケット・コレクション。インタビューや、『イノック・アーデン』の朗読(クロード・レインズ!)の伴奏、サウンドトラック(『スローターハウス5』!)なども含め、CBS/コロムビアから発表された全ての音源を網羅した堂々の80枚組。2007年に発売されるや否や、あっという間に品切れとなり、以来、自分には縁がなかったものと入手は半ばあきらめていたのだが、ひょんなことからフランスのamazonにわずかながら在庫があることを知って速攻でオーダー、晴れてクリスマスの前には現物と対面することができた。
何と言っても圧倒的なのはそのボリューム。
毎日2枚ずつ聴いたとしても、全てを聴き通すにはひと月以上かかる計算になる。厳しい審美眼によって選び抜かれた楽曲と、人類による20世紀最高の演奏が、これでもかというくらいぎっしり詰まっている。しかも、グレン・グールドほどの演奏家であっても本作が出るまで未CD化だったオリジナル盤は結構な数に上り、未だにこの箱でしか聴けない作品も少なくない。
いずれも名演などという言葉ではとても言い尽くせない演奏ばかりだが、とにかくテンションの高さが尋常ではない。速射砲のように音符が繰り出される『ゴールドベルク変奏曲』や、不安な和声に満ちたシェーンベルクの曲はもちろんだが、ベートーヴェンのピアノ・ソナタやブラームスの小品なども弛緩したところが微塵も感じられない。隅々まで神経が張り詰めた演奏は、聴き手に伝わるイメージの純度と解像度が極めて高く、各小節の有機的な連関や曲の全体像が沁み込むように頭に入ってくる。おかげで途中で気を逸らすこともできず、1曲聴き終える頃にはすっかりクタクタである。しかもその疲労感がまたすこぶる心地いい。この高揚した感じは、最上のロックを聴いた時の気分と全く同質のものだ。これほどスリリングなクラシック音楽も珍しい。
個人の全集を読み通すことは、作家の半生を追体験することであると同時に、一方でその人物の死へと至る過程を辿る行為でもある。谷崎潤一郎然り、グレン・グールドもまた然り。その途中で得られる発見や気付きは、個々の作品にあたるだけでは決して得ることのできないものだ。
あまりに大量の情報が凝縮されているせいか、これさえあれば当分の間はほかに何も聴かなくても平気な気がしてくるからおそろしい。
齢アラフォーにして、これほど心を揺すぶられる音楽に巡り会えるとは想像もしていなかった。今年もこの調子でブワーッといきたいものです。





